**********************************  ☆ 生協おばちゃんとホッと一息 ☆  ********************************** [ 「他者にとっての身体」と日本人 ]  こんにちは。  今年ももう1週間が過ぎたんだね。  仕事が始まっている人もいるんだろうね。  なかなか読書が進まないんだけれど、古本屋から買った(インターネットで購入したんだ) 早坂泰次郎の「人間関係の心理学」を読み終えたところなんだ。  20年も前に出版された活字が読みづらい本でね、著者がご顕在なら80歳になっているね。  今、あたしが本を読み漁っているのはね、去年の暮れに届いたメールが原因なんだよ。  「sinitai」と送られてきたメールを開けたのは1日経っていたんだ。  その人が生きていてくれたらと祈りながら、死にたくなった原因の「人間関係」を考えたくてね。    「人間関係」とは「人と人との間の関係」ということだけど、  「人」の身体とは、物体としての面と精神としての面を同時に備えていて、 イギリスの医師兼心理学者ヒートン(Heaton)は、「他の人びとにとって(他者にとっての)の身体」と 「自己にとっての身体」という区別をしているんだ。  「自己にとっての身体」とは、感じる、反応する、見る主体としての身体のことで、  「他者にとっての身体」とは、感じてもらう、反応してもらう、見られる客体としての身体のことなんだ。  じゃあ、「関係」とはどんなことかというと、「つながり」や「共通性」があるということなんだ。  そして、重要なのは「人と人との間」とはどういうことかなんだ。    日本人にとって、「よい人間関係」をつくるということは、 主体としての「自己にとっての身体」を大事にすることではなく、「他者にとっての身体」を磨くことで、 つながりを持ち、共通の課題に向かって人と人との間を保つことであって、 そこには、人と人との「間」つまり「ちがい」や「変化」は認めていないんだ。  人それぞれの個性を尊重しようとする風潮が出てきているけど、 「ほんとうの人間関係」をつくるには、人それぞれの「ちがい」を認め合って、 自己の内に秘めたるいろいろな可能性を引き出す努力が必要なんだね。  人は、冷たいと感じるときもあり、暖かいと感じるときもあるんだ。  外見で人を判断するのは危険であり、自分がその人からどう思われているかを気にする前に、 自分がその人をどう思い、どう解かろうとしているかが大事だと思うよ。 ******************************************************** ホームページはこちらへhttp://obasan.sugoihp.com/